2020年度東京大学文科国語(現代文)解答~解答速報~

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 こんにちは,私は国立大学の法学部生です。東京大学2020年度の国語(現代文)の問題の私が作成致しました解答を公開いたします。

 速さ重視で作っていること,私が予備校講師等ではなく,一学生であることを考慮したうえで参考にしていただければ幸いです。

 まだ解いていない問題や解説等に関しては,順次していきますので,よろしくお願いします。

 個人での利用、教育目的での利用に許可は不要です。

東京大学2020年度国語

第1問 解答

(一)自由競争な社会では、成功するか否かは自己責任であるのに対し、人種差別がある米国においては、その責任には本人に帰属せずこのような社会を変革すべきだと考えられるから。(81字)

(二)近代においては自由意志を持つ個人に対し所与とは峻別された内因と考えられる要素を根拠に自己責任を問うが、これらの要素は究極的には全て外因であるから。(75字)

(三)所与の条件に拠らない自己実現を可能にすべく導入されたメリトクラシーは、その裏で従来存在した階層構造の正当化、固定化を進めているが、これを人々が自然だと考えているということ。(86字)

(四)前近代において、格差は外因によるものとされたのに対し、近代は平等かつ自由意志を持つ個人を誕生させたが、これは格差が本来生じえないものとしつつ、必ず生ずる格差の根拠を内因と一般的に信ぜられるものに求めるためであったということ。(113字)

(五)a培う b誕生 c欠陥

第1問 解説

(一)傍線中の「そこ」の指示内容を抑えます。「そこ」とは,直前の差別が是正されれば,本人の努力と才能次第で社会上昇が可能と信じられており,ゆえに弱肉強食のルールが正当化されているということだと思われます。ここでいう弱肉強食のルールとは,自由競争と考えられます。これらの点をまとめればよいと思います。私は,正当化されるから社会主義が育たないというのは論理の飛躍があると思いましたので,正当化されることによって,人々にそれが支持され,社会主義が育たないというように一部,自分で言葉を足しました。

と私は最初考えましたが、傍線部を考えると,不平等が顕著な米国で社会主義政党が育たなかった一因がそこ(=不平等を是正すれば、各人の才能と努力次第で社会上昇が可能であると信じられれている結果,弱肉強食のルールが正当化される)にある,のはなぜか,という問です。このように考えると,その前にある,不平等がある社会では,本人に責任が帰属せず,社会変革などの外部に矛先を向ける一方,自由競争社会では結果の責任は自己が応答ということになり,社会変革しようとはしないのだという部分が,傍線部の理由と考えらえれます。

(二)傍線部の上に,したがってという指示語がありますので,この上の部分が理由になると思います。つまり,厳密に見れば,内因は存在しないということです。では,内因とはどこで使われるのかといえば,自己責任の根拠ということになると思います。そして,自己責任の原則とは,自由意志を持つ主体たる個人を近代が創出され,ここに基づいて所与と行為を明確に分けら(峻別さ)れた行為の部分に対し責任を追及するものであると思いますので,そこをまとめればよいと思います。

(三)メリトクラシーの話ですので,メリトクラシーの部分に戻ります。メリトクラシーは所与の条件に拠らない自由な自己実現,進路実現を可能にせしめるために導入され,歓迎された制度でしたが,それが結局は旧体制において存在した階級を正当化,維持させるために働くということでした。傍線部に,メリトクラシーの詭弁がそうだ,と書かれています。そうの指示範囲は,おそらくその前,社会はすなわち支配であり,支配を安定させるためには,それが本来そう言うものであると被支配者層が認識するという部分であると思います。

(四)一番重要なのは直前,格差を正当化する必要があるから,人間は自由だと社会が宣言し,個人の資質や努力にその責任を転嫁するという部分だと思います。そして,論理が変わったということですので,以前はどうであったかというと,格差は外部に要因があり,我々にはどうしようもないものと考えられていたわけですから,そこを書きます。そこから,近代は自由意志を持ち,平等な個人を成立させました。それは,格差を個人のせいにするためであったということを書けばいいと思います。私は,傍線中の不平等を隠蔽し,という部分の説明がされていないと思いましたので,格差が本来生じえないものとするという部分を自分で足しました。

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