秋田に着いたのに,きりたんぽが食べられない!? 年末年始東北弾丸ツアー4日目後編

年末年始東北弾丸一周旅行 2018‐2019

前編はこちら

この日は,弘前から五能線に乗り,途中下車して,黄金崎温泉に行きました。そして,温泉を満喫しました。

そして,艫作駅から乗車しました。艫作駅は,無人駅ですが,個人的にはかなり雰囲気がいい駅であると思いました。ドラマ等で出てくるような駅にも思われます(写真が無くて申し訳ございません)。温泉から艫作駅までは,歩いて20分程だったと思います。

列車に乗り,そしてやはり素晴らしい海の景色,そして白神山地の景色を左手に見ながら列車は,東能代に到着しました。

東能代で乗り換えです。

秋田駅までは普通列車で移動しました。

秋田といえば,きりたんぽのイメージが強いと思いますが,私も何とかきりたんぽを食べたいと思ったのですが,そんなお金はなく,稲庭うどんを食べることにしました。

私は,秋田のグルメについて詳しくなかったのですが,比内地鶏や稲庭うどん,きりたんぽ,いぶりがっこ等,名物がたくさんあることがわかりました。お金が稼げるようになったら,秋田に来て,おいしいものがたらふく食べたいと思いました。

稲庭うどんを食べた私は,その周辺を散策することにしました。久保田城址に到着したので,もう日は落ちたいたのですが,久保田城址を散策することに,冬の秋田ですから,雪が積もっていて大変でしたが,意外と街灯もあり,散策しました。

久保田城址は,旧久保田藩のお城です。今は,千秋(せんしゅう)公園と呼ばれています。秋田城といわない理由は,秋田城は平安時代の蝦夷追討の時に作られたものがあるからです。尚,徳川時代には,秋田城と表記されたところもあったそうです。

江戸時代以前からそのルーツとなるようなものはあったようですが,徳川時代に入り,佐竹氏が常陸国(現:茨城県)から久保田藩に国替えとなったことから,主な歴史が始まりました。

とはいえ,初代藩主の佐竹義宣はすぐにはこの城には入らなかったようです。

ただ,そのあとこのお城周辺の開発を行ったようです。

戊辰戦争の時,佐竹家は奥羽越列藩同盟には加わらず,新政府を指示したため,庄内藩等から攻撃を受けたようですが,この攻撃では何とか戦禍は免れたようです。

その後,秋田県庁が本丸に置かれましたが,1880年の火事により焼失。陸軍省の持ち物となりますが,1890年に佐竹家へと払い下げられたようです。

その後,公園として整備され,また幾らかの建造物は復元されています。

日本100名城ガイド https://www.100finecastles.com/castles/kubotajo/

Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%85%E4%BF%9D%E7%94%B0%E5%9F%8E

パンフレットを見るに,佐竹家は秋田の街の発展に寄与した存在として,尊敬を集めているようです。

その後秋田駅周辺をうろつきました。東口の方には,複合施設が併設されており,東横イン,ネットカフェ等があります。次は,ここに泊るのもいいかもしれません。

その後,秋田から横手まで奥羽本線で移動しました。

この日は横手で泊まりました。

横手ステーションホテルに宿泊しました。時系列的には逆なんですが,2020年2月の宿泊した時のブログがありますので,こちらを確認してみてください。

私は横手には行くことが多く,大学生になってからの2年程度で3回行きました(2回は旅行,1回は出張です)。プライベートで行ったときは,横手駅の近くに泊ることが多く,その時には必ず泊まる宿(ゆうて2回)です。横手駅の周辺には宿泊施設もあるのですが,とても安く泊まれますし,近くに飲食店があるので,夜遅くでなければ困りません。お勧めの宿です。

チェックインした後,秋田で買ったいぶりがっこを食べて寝ました。

明日は最終日です。

コメント

  1. […] […]

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